ふたりは鹿児島で割烹『藤多加』を加年間経営していましたが、店が軌道に乗り始めた。「彼女は銀行員だったから、お金には強いとおもったんです。といって、会計だけを任せておけませんよ。なんといっても、ふたりしかいないんだから」(藤孝さん)藤孝さんは板前として修業を積んでいたからまだしも、雅恵さんは一から教えてもらわないと、右も左もわかりません。「私は〃おかみさん″というより、着物を着てうろうろしていただけです。もう怒られてどな怒られて。なにぐずぐずしているんだって。毎日怒鳴られてましたね、最初のころは」雅恵さんは、客席にいつも気を配り、皿が空いたら片づけて、追加注文を取ったりと、お客がしてほしいことを先回りして動くのが仕事です。「私が見たときには、お皿にまだ1枚お刺し身が残っていたのに、彼が見たら、もうなかったなんてしょっちゅうです。すると、なにぼやぼやしてるんだって怒られました。また、つお銚子を持ってお注ぎするでしょう。その傾き具合で、あとどのくらいお酒が残っているかを量るんですが、それが最初わからなくてね。ほらあそこ、もう酒がないぞ、何もたもたしてるんだって、こんな調子でした」また、困ったことに雅恵さんは、子供のころから魚が嫌いだった。


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